JPSA

一般社団法人 日本プロサーフィン連盟

GRANDCHAMPIONS

2019年 ショートボード女子グランドチャンピオン
須田 那月

1995年9月7日生まれ
静岡県出身鹿児島県(種子島)在住



第1戦のバリはサイズもパワーもあって得意な波でしたが、波のチョイスが悪いなか何となくセミファイナルまで勝ち進んだ感じでした。今年は最初からグランドチャンピオンを獲りたいと思っていたので、表彰台に絶対に上がりたい、優勝できるという気持ちが走り過ぎて、セミファイナルで負けてしまいました。

第2戦の田原は台風が来て途中レイデイになったりしましたが、ヒートの時に波がちょうど上がって、ジャンクな感じで好きな波のコンディションでした。試合の前にYUさんのニューボードを初めて使用したら調子が良くて、セミファイナルやファイナルは波が小さくなったのですが、サーフボードが調子良いから気分も良くて。その良い気持ちのままファイナルに行けて4位。ここから表彰台に毎回上がれそうだなとスイッチが入りました。

第3戦の新島は好きな場所で、雰囲気も種子島に似ているから良かったし、サーフボードも慣れて来ていて。ヒートの時は波は小さめでしたが、サーフボードも良かったし、友達が新島まで応援に来てくれて、優勝できちゃったという感じでした。このあたりからメンタルも落ち着いてきていました。4年ぶりの優勝でしたが、前回と違って最初から勢いでずっと調子が良いというより、その時その時で対処できた優勝でした。

第4戦の茨城は練習で全然良い波に乗れていなくて、どうマニューバーを入れたらいいのか、このうねりの入り方でどう波を掴むのかと迷いもあってサーフボードも迷ってしまい、その迷いが試合に出てしまった感じがします。ここまで表彰台に上がって、優勝もしてグランドチャンピオンに近づいていると思っている矢先にこの結果だったので、すごく落ち込みました。

第5戦の種子島は、今年で3年目でしたが、1年目は怪我で出れず、2年目プレッシャーにメンタルをコントロールできませんでした。3年目は波もあったし、サーフボードが調子良かったというのもあって、自信もあって今までとは違う感じでした。去年はプレッシャーで押し潰れてしまった感じで、そこを自分の中で変えていかないとと思いました。地元は地元の戦い方があるのかなと考えて。練習の仕方、自分の時間の取り方、戦い方を変えてみました。最初のヒートは残り5分で4番。ホテル前のポイントの大きな波で、1本目が見えた瞬間にコケることなく、淡々と乗れたからこれは海が味方をしてくれていると思いました。いつも練習している場所だったから。男子も女子もアウトに出るのに5分ぐらい掛かる波だったので、1本乗ってはまってしまったら2本目が乗れないからやばいなという思いもありましたが、その時に限ってそんな感じではなく、アウトに出るのに時間が掛かりませんでした。セミファイナルで負けましたが、プライオリティの空回りという感じでした。最初にたくさんの波に乗りましたが、セットが来た時にプライオリティを持っていなくて。でもやっと地元で表彰台に乗れて嬉しかったです。

第6戦の伊豆はグランドチャンピオンが頭によぎっていました。ここを落としたらグランドチャンピオンの希望がなくなると自分で自分にプレッシャーをかけていました。グランドチャンピオンのことを考えないようにではなく、考えるようにした試合でした。表彰台への執着心、(都筑)虹帆より上の順位を獲るという執着心が強く出た試合でした。ファイナルでは(野中)美波が前半技を決めた時点で、チャンスがあれば優勝したかったですが、1つでも順位を上げることに集中してバックアップを上げる作戦に変えた試合運びをしました。結果ここが重要だったと思います。

第7戦の志田下は台風の影響で自分の試合が最終までなく、毎日朝一番に練習に行きました。5時のアラームが鳴るたびに心臓がバクバクしていました。虹帆が参戦していないため、私にもグランドチャンピオンの希望があることを知っていて。私がグランドチャンピオンになるためにはファイナルで2位以上にならなくてはならず、(宮坂)麻衣子がファイナルに行ったら麻衣子がグランドチャンピオンという状況。会う人に「グランドチャンピオン、応援しています。2位以上ですよね」と言われるとすごく緊張して。でも弟が今シーズン一緒に回っていて、戦い方も相談に乗ってくれて、精神的に安定できました。ヒ

ートの当日は横浜に住んでいる妹や従兄弟、神津島の友達、知り合いが駆けつけてくれて、その人たちと居たらリラックスできて。1日で3ヒートをやって、体力的にも疲れていましたが、弟と作戦を練って、海に入るとすごく冷静になれました。波もすごく見えていて。セミファイナルでは、(宮坂)麻衣子がここを勝ち上がったらグランドチャンピオンということは意識はありましたが、ヒートに入れば、そのことは気にならず、それよりも試合会場やライブを観ている人たちに、「私は強くなったんだよ」っていうことを観てもらいたくて、ファイナルに上がるために集中を維持していました。波と海の動きしか目に入りませんでした。ファイナルは最後の方で、(大村)奈央ちゃんに波が来たけど、それほど点数は出なかったので、最後の1分半は今シーズンの中で1番長く感じました。自分の時計を見て「早く終わって、早く終わって」って。

試合が終了して、「本当にグランドチャンピオンかな?」ってきょろきょろしていたら、アナウンスで「グランドチャンピオンです!」って聞こえて。その瞬間に、今までお世話になってきた人の顔や名前がフラッシュバックしてきて。その後に怪我のリハビリの時のことも頭の中に出てきて。怪我をして、筋力も落ちて、顔も真っ白で、肩幅も小さくなって、体重も落ちて、引退しようと思えばできました。あの時に信頼する誰かが「世界も回ったし、国内も回ったし、22歳なんだからもうそろそろ次の人生にって考えてもいいんじゃない」っていう言葉をかけてきたら、私はそっちの方をとっていたかもしれません。でもそういう言葉をかけてくる人もいなかったし、逆に「那月はこれでもっと強くなって、まだサーフィン全然成長できるから頑張りな。応援するから」っていう人がほぼ全員でした。無我夢中でトレーニングをして筋力を戻したのですが、周りがそう言い続けてくれて、サーフィンが大好きな気持ちがあったから続けられました。だからグランドチャンピオンが獲れたのは周りの人たちのおかげだと思っています。海から上がって、泣きそうになりましたが、周りの人たちが泣いていて、みんな泣かないでって感じで。応援してくれてきた人たちにこういう姿を見せられて良かったなと思った日でした。

自分で大人になって成長したなって思うことはなかなかなくて。グランドチャンピオンを獲った時に、この1年サーフィンだけではなく、自分の中で強くなったものがあるなって。この1年はこれからのサーフィン人生に関しても、一人の女性として人生を歩むことに関しても、一歩人間的に成長できた1年だったように感じます。怪我した時から少しの希望、少しのチャンスをいろんなところから与えてもらい、少しずつ掴んで来れていて。今回のグランドチャンピオンも少ない希望で自分のものにできたということは、この3年間はチャンスの巡り合わせがあったと感じています。

グランドチャンピオンを獲った後に「これで終わらせたくないな」という思いが溢れました。これを強みにして、来年絶対成長できると思いすぐに気持ちが切り替わりました。元々、11歳でサーフィンを始めたきっかけがカリッサ・ムーア、ステファニー・ギルモアをビデオで観てこういう人たちみたいになりたい、そういう世界で戦いたいと思ったことだから。サーフィン復帰したら、世界で戦いたいという思いも強くあって。

来年はQSをほぼ全戦回る予定です。JPSAも出れる試合に出ます。グランドチャンピオンで得たお金、貯金も世界を回ることに使いたいと思っています。いつも応援して頂き、ありがとうございます。これから私はもっと成長できると思っているし、上を目指したいという気持ちも強くあって、メンタルと体が一致していて、来年頑張っていけると自分を信じています。ぜひ結果を温かく見守ってほしいです。それと、私はずっと種子島を拠点としてやってきましたが、全国の離島でスポーツを頑張っている子たちがスポーツ選手を目指して島から出て行くことは大変だと思います。そういう子たちに、周りの環境が厳しくても自分を信じて努力をし続ければ、絶対チャンスは巡ってくるということを伝えたいです。