JPSA

一般社団法人 日本プロサーフィン連盟

GRANDCHAMPIONS

1991年 ショートボード男子グランドチャンピオン

関野 聡



1964年8月20日生まれ
神奈川県出身在住

当時、チャンピオンレースの中にいたから、自分の中ではグランドチャンピオンにいつなってもおかしくないという感覚でやってましたね。でもなかなか獲れないタイトルではあったから、獲ったときは1つの勲章を増やしたという感じです。コンテストを見に来る人も多くて、自分たち選手も非常に熱くなりましたね。コンテストで勝つのは大体四天王と呼ばれていた4人のうちの誰かということが多かったです。4人はみんな日の丸を背負って日本から世界に出ようという目的を持った同じ仲間だったけど、チャンピオンレースでは本当に難しいやっかいな相手でしたね。その後はワールドツアーを中心に回りました。先輩たちも世界で戦っていたので、子供の頃から世界を目指していましたよ。プロサーフィンを10年やって、サーフィンで生きてきたから兄とサーフィンの会社を創り、ただ前向きに進んできました。その会社も2010年で20年になります。サーフィンを基点としてそこから学んできたことをビジネスに転換してきました。ワールドツアーでもいろいろな経験とか、携わったシーン、旅、出会った人から受けた影響が役に立っていると思います。自分の動き次第で勝ち負けが決まるコンテストのかけひきも、仕事で物事を判断するときに活きているのではないかなと思います。サーフィンに熱くなっていた頃の感覚は今でもありますよ。子供の頃からサーフィンばかりしてきたけど、仕事をしていると今からでも“学習していくことの大切さ”を感じています。そんな仕事の毎日で疲れた時に、サーフィンから自然のエネルギーを与えてもらい癒してもらっています。これからのサーファーにはぜひ、子供にサーフィンをさせてほしいですね。もっと子供がサーフィンをすれば、サーフィン界も変わると思うし、世の中も変わると思うんですよ。サーフィンはヘルシーで人間の感覚に対して常に良いものを与えてくれるから勝ち負けではなく、サーフィンを心から楽しんでほしいですね。またコンテストを目指す人たちはもっともっと学ばなきゃいけないと思います。がむしゃらにサーフィンして、がむしゃらにコンテストに出るのではだめだと思う。もっとプラスαを学びながら“アスリート”と呼ばれる領域に入ってほしいです。サーフィン界もそう呼ばれる人たちの数を増やして、世界へ送り出して行く為にその領域をみんなで作っていかなくてはと思います。選手たちへは、日本人であればぜひ大和魂を心に刻み、世界で日の丸を揚げてほしいと願っています。