JPSA

一般社団法人 日本プロサーフィン連盟

GRANDCHAMPIONS

2011年 ロングボード女子グランドチャンピオン

小熊 明美



1975年7月13日生まれ
茨城県出身在住

優勝とかグランドチャンピオンは目標にしていたものの、まさか取れるとは思っていなかったです。第1戦の鉾田は波が読めなくて全然違うところで待ってしまいました。調子が良かったのでいけるかなと思ったのですが駄目でした。でも次からいい感じでいけるような感じがしたんです。実は今年使った板がとても調子が良かったんです。テストボードとして削った板だったのですが、初めての素材の板で、テストしてみてと渡された板でした。それを鉾田の試合で使ってみたら調子が良くて1年間使いました。1年間を振り返って1番印象に残っているのは初優勝した第2戦の辻堂の試合です。ラウンド1やセミファイナルのときは潮の加減でいいときにやって頂いたのですが、ファイナルのときは波がすごく炸裂していました。納得いくライディングがなかなかできなくて、試合が終わった時は2番か3番かと思っていました。それまでの最高順位が2番だったので、自分は優勝できないんだなって落ち込んでいました。そしたら海から上がったらコールがあって、最後の1本でまさかの逆転をしました。びっくりしちゃって腰抜けて座り込んでしまいました。自分でも優勝できたんだって信じられない気持ちでした。第3戦の新島が延期になって、第4戦の千倉でしたが、毎年千倉の波に苦戦していて今年は波に合わせようと、それだけに集中しました。パーリングもいっぱいしましたけど。その後、第3戦の新島も波が難しくてパーリングばっかりしたのですが、何とかラウンドアップできましたが、セミファイナルの時に田岡選手が上手で大差の点を出されてしまって、いいスコア出そうと頑張りましたが、やっぱり負けてしまって。第3戦の新島のあたりからランキングが1番か2番になって、グランドチャンピオンということに意識しだしました。バリの最終戦に行く前に今年グランドチャンピオンに手が届くかもしれないと思いました。それで試合の2、3日前にバリに入り、練習をしていたら、指の骨を折ってしまいました。でもそのことによって、落ち着いてできた部分もありました。とにかく頑張りたいと思っていたので、今までの試合の中で1番というほど波を見ていました。最終戦のバリはしっかり乗りたいと思っていたし、波に合わせられなければいけないと感じていました。それと、練習の時に頑張ろう頑張ろうって力んで乗って、怪我をしたんだと思ったので、ただハイスコアを出そうという思いで臨みました。去年よりは今年は攻めることができたかと思います。ラウンド1で田岡選手が負けて、自分のグランドチャンピオンが決まりましたが、田岡選手を見て、自分は頑張らなきゃと思いました。ファイナルのときは本当にパワフルな波で予想外で板の浮力が合ってなくてはじき飛ばされちゃったりしました。そのときに植村未来選手のライディングは本当に素晴らしかったです、完敗でした。だからグランドチャンピオンを取っても実感がわかなかったのが本音です。表彰式でトロフィーやグランドチャンピオンのパネルをもらった時に、こんなものが自分のところにくるなんてとびっくりしましたが、地元の人、応援してくれた人に恩を返せて良かったと思いました。返しそびれちゃうかなと思っていたので、ほっとしたという感じです。2011年は大震災があって、2か月休んで、それまでは試合頑張らなくちゃと切り詰めてやっていた部分あったのですが、サーフィンできるだけでも良かったって思えました。サーフィンができる有り難みを感じることができたというか。気持ちの上でリラックスすることができて、とにかくいいパフォーマンスをしたいと考えていました。グランドチャンピオンが絡んで来た時は勝敗も意識はしましたが、それまでは1本1本いいパフォーマンスをすることしか考えていませんでした。それが良かったのかなと。上手い人がどんどん出て来ているので、2012年は厳しくなるかと思いますが、いろんな人のサーフィンをいっぱい見て刺激を受けたので、自分らしく勉強したことを取り入れながら自分のサーフィンを進化させていければと思います。大震災を通して自分自身、サーフィンができる有り難さ、楽しくサーフィンができる海があることの有り難さを改めて知ることができました。これからのサーファーにメッセージとしては、海をいっぱい愛してもらって、いつまでも楽しくサーフィンを続けてほしいということです。楽しいと上達も早いと思うので。