JPSA

一般社団法人 日本プロサーフィン連盟

GRANDCHAMPIONS

2011年 ショートボード女子グランドチャンピオン

庵原 美穂



1981年11月20日生まれ
東京都出身千葉在住

2011年3月に大震災が起こり、当初プロツアーが行われるかわからなく、複雑な気持ちでしたが、やると決まってからは今までどおり全戦頑張ろうと思っていました。被害に遭わず、進める人は立ち止まるのではなく、進まなくてはならないのではないかというのが自分の考えでした。原発の事故の影響は心配でしたが、今年やると決まれば全力でやろうと思いました。グランドチャンピオンは狙ってはいなくて、今年は優勝をするということを目標にしていました。
5月に行われた1戦目は久しぶりの試合でしたが、自分の調子は上がってきていたので、手応えは感じていました。ただ、勝ちたいという気持ちが先行して周りが見えていなかったのでセミファイナルで負けてしまいました。第2戦が延期になり、少し時間があい、第3戦の大洗までに、試合に勝つために必要なサーフィンの修正ができ、波を見る目線も定まってきました。けれどもライディングの安定感が確立しないまま、修正しながらのサーフィンだったので決められるところを決められずに負けてしまいました。ファイナルを見ながら優勝をするにはどうしたらいいのかを考え、優勝したいという気持ちが先行していたけれど、自分のサーフィンをヒートで見せたいし、出さなくてはいけないと思い直しました。第4戦の千葉では、その気持ちで進み、まずは自分のサーフィンをしっかり出すことに集中しました。ファイナルは負けましたけど、手応えは感じました。1戦1戦重ねるごとに人は人、自分は自分という気持ちで進めるようになり、毎試合ごとに自分の足りないところが明確になってきました。そして第5戦の鉾田の試合で初優勝をすることができました。今年の試合は全試合ライブでシェイパーの方が見てくれてたので、千葉の試合で負けた直後に今自分に足りない部分を修正した板を用意してくれてたんです。
試合の時に新しい板を下ろすことはないのですが、鉾田の試合前の練習で乗ってみたらものすごく調子が良くて、この板でやろうと決めました。ハードコンディションで女子の試合が流れたのですが、そのコンディションの中で自分のサーフィンがどこの波で出せるかを確認できました。ヒートでゲットするときも自分の波はここだというのが見えていました。来る波を確信を持って待てる、勝つ時ってこんな感じなのかと思いましたね。けれども以前に志田下の試合で同じように絵里菜(谷口)選手と争って最後に逆転をされたので、その時のことが頭にあり、駆け引きをしながら最後まで集中して勝つことができました。いろいろな方から「勝てるよ」と言われながらも優勝まで時間が掛かりました。フォーンが鳴った瞬間は嬉しさよりも「やっと優勝できた」という安心感の方が強かったです。その時に、絵里菜選手がその場で抱きしめてくれたのが嬉しかったです。プロデビューした時の試合は結果が3番だったのですが、実は絵里菜選手とマンオンマンの試合だったんです。いつかまた絵里菜選手とこういう場で戦いたいなと思っていたんです。その次の試合は延期になっていた第2戦の新島の試合で、少し早めに新島に入りました。まだ試合会場が決まっていなかったのですが、たまたま1人で、その後試合会場に決まった奥磯ポイントで練習をしていました。自分が想像していた波よりも自分の波長と合う波だったというか、試合もそのままの勢いで「ここの波は好きだから大丈夫」と自信を持って臨めました。後半戦は波のサイズがどんどん上がってきて、イメージがかけ離れてきたところもあって、自分のサーフィンが出し切れなかった部分もありますが、男子の試合に刺激を受けながら積極的にいきました。セミファイナルで板とクラッシュして目の上を切ったうえ、海から上がる際にインサイドの岩に激突して足を強打したりしましたが、この試合は落とせないと強気でいました。前の大会で優勝してグラチャン争いに絡んできていたからです。せっかくグラチャンに手が届くなら取りたいと思ったので、ここは確実に優勝をしていかなくてはと思いました。それでこの試合も優勝をすることができ、バリの最終戦になりました。この時点でグラチャンを取る条件が明確になり、絵里菜選手の結果に関わらず、自分が3位に入ればグラチャンが決まるという状況でした。グラチャンを意識してしまうとヒートを勝ちにいくのにすごくプレッシャーになってしまうと思ったので、3位というボーダーラインがあっても、とにかく優勝をしっかりしていこうという気持ちで進もうと思いました。けれどもグラチャンを意識しないようにしてはいても、やはりラウンド1の試合からすでにものすごく緊張していました。試合の内容は全ヒートすごく課題が残りました。2番でもいいから確実にヒートを上がっていくことを最優先にして満足するサーフィンができなかったと思います。でもグラチャンが見えてきたとき、自分のためというよりも自分を支えてくれてる職場の上司やスタッフ、自分の師匠、シェイパーさん、サーフショップの仲間にグラチャンを持って帰りたいって思ったんです。そういう人たちがいなかったら自分はグラチャンまでいかなかったとすごく思います。グラチャンが決まった後のファイナルは、優勝したいと思って全力で戦いましたが、力が足りませんでした。海外遠征している奈央(大村)選手のサーフィンは素晴らしいなって思ったし、自分自身の課題も残りましたが、次に繋がる試合ができたと思います。
2011年はグラチャンを目指して取り組んでいた訳ではないので、2012年は初戦からグラチャンを目指して優勝をしていきたいと思います。もっともっと実力を上げて自分が納得できるサーフィン、観ている人を楽しませることができるサーフィンをして優勝していきたいです。これからのサーファーの方にメッセージとしては、諦めずに前に進んでほしいということです。今活躍するサーファーは10代で始めてる人も多いけど、自分自身はサーフィンを遅く始めました。始めるのが遅くても自分の目標を諦めないでしっかり前を向いて取り組んでいけばきっといろんな結果がその人その人についてくると思います。でもただひたすら練習するのではなくて、試合をライブで観たりして、ハイポイントを出す為に必要なサーフィンはどういうものかを考えながら練習すれば前が見えてくると思います。