JPSA

一般社団法人 日本プロサーフィン連盟

GRANDCHAMPIONS

2002年 ロングボード男子グランドチャンピオン

河村 正美



1959年1月22日
神奈川県出身在住

35才の時にJPSAのプロになったんですけど、2002年のJPSAツアーでは最初からトップシードで上位にいました。でもグランドチャンピオンを獲ろうという思いはなかったですね。あの時は1回優勝して4戦目が3位で、その時点でランキングが1位になりました。最終戦がスリランカの予定だったんですけど、あちらの情勢が悪くなり中止になって、その後南房総の千歳で最終戦が行われることになったんです。自分の中ではあまり意識がなかったんですが、ランキング1位だったので周りから「頑張って下さい」という励ましをもらうようになって“頑張んなきゃ”ってプレッシャーに苛まれました。でも試合まで残り1週間になって「今、全国でこういう状況でいるのは自分一人なんだ。楽しまなきゃ」って思ったら気持ちが楽になりましたね。結局、試合は最後の1本で逆転できずに負けてしまったんですけど、グランドチャンピオン争いのノブ(塩坂信康プロ)が次で負けて、自分のグラチャンが決まりました。自分の勝ちで決めた訳ではないけど、自分の人生はそんなもんだから。達成感というよりも鵠沼の地元の子たちが40人ぐらい応援に来てくれて、みんなが喜んでくれたことがすごく嬉しかったですね。それから1番を獲るということの見方が変わりましたね。狙っていた訳ではないけど、1番を獲ったことで、昔からやっていた音楽の方でCDを出すことが出来たり、いろんなことが集まってきました。1番を獲るといろいろな動きが出てくるんだなって思いました。“1番獲れたら見えたものがあった”という感じです。
元来負けず嫌いだから、グラチャン獲れなかったらしつこくやってたかもしれないけど、1回獲れたことで自分はこれ以上のモチベーションはなかったので試合からは引退しました。サーフィンを人に伝えていくことがもっとしたくなったんです。サーフィンによっていろんな場所を旅して、いろんな人と繋がることができて得られたことがいっぱいあったので、今度はそれを還元したくなったんです。いろんな人がサーフィンを楽しめば、子供たちは非行にも走らないだろうし、人がもっと自然の中に入っていけると思います。今は音楽活動をしながら、いろんな人にサーフィンのきっかけを作ってあげたいとずっと考えています。自分の大きな目標がグランドチャンピオンを獲ってから明確に見えてきましたね。有り難いと思います。
サーフィンって夢がないといけないと思うんですよ。これからサーフィンする人たちにとってプロサーファーは、上手いのは当然だけど、そのスタイル、存在が憧れられる、尊敬されるものがないと。僕たちの時代は観客がプロサーファーのライディング、板、スタイルを知りたくて見に来ましたよ。そんなことを知るというか、昔の海外、日本のサーフィンの歴史を知ることも大事だと思います。時代は変わっても波を取って波に乗ることを楽しむという基本は変わらないから。スタイルマスターとしての動きを期待します!