JPSA

一般社団法人 日本プロサーフィン連盟

GRANDCHAMPIONS

1989・90年 ショートボード女子グランドチャンピオン

北村 勢津子



1966年2月9日生まれ
徳島県出身在住

兄の影響で17才からサーフィンを始めて、大阪から電車で和歌山の磯ノ浦まで通っていました。関西の試合に出て勝てるようになって19才で四国に移りました。そこで赤阪谷正義プロに出会ってライダーにさせてもらったのが幸運でした。男性的なサーフィンを目指していました。当時は女子のサーファーは女子プロレスラーと言われ、決して華やかな感じではなかったですね。でもJPSAの試合は観客が集まって来ていましたね。今は情報を得るのが簡単だけど、当時は現場へ行かなくては見れなかったですからね。久我さん、糟谷さん、関野さん等のスターが揃ってましたからね。みんな試合を見て大興奮していました。女子は(旧姓:平野)彩子さんがダントツで憧れていたし、彩子さんに勝ちたい勝ちたいって思っていました。彩子さんと同じシードでずっと負けていたので、ウェイブプールの試合のワンオンワンで彩子さんに初めて勝てた時は本当にうれしかったのを覚えています。プロになってから4年間ずっと4番だったんですが、前の年まで3年連続チャンピオンだった彩子さんが海外の試合に出て、ようやく自分がチャンピオンになれたという感じです。チャンピオンになった次の年は追いかけられるプレッシャーみたいなものがあって、ドキドキして試合を辞めたくなりましたね。ちょうど結婚することになり、フリーサーフィンに転向しました。
今は息子の少年野球に夢中だったこともあり、平日は仕事をしているので、サーフィンをお休みしています。サーフィンが大好きだからやり始めたらまた夢中になってしまうのがわかりますから。でもまたそのうち、2年ぐらいかけて復帰できればと思っています。
後輩プロたちへのメッセージとしては「己の他に敵はなし」という言葉です。自分の中に敵はいるということです。それから、良い師匠に巡り会うことが大事です。私にとっては赤阪谷プロです。また、辞めることは簡単で、続けることは難しいということを実感しています。続ける人は努力しています。ぜひ難しい方を選んで下さい。