JPSA

一般社団法人 日本プロサーフィン連盟

GRANDCHAMPIONS

1998~2000年 ショートボード男子グランドチャンピオン

浦山 哲也



1972年4月30日生まれ
千葉県出身在住

1998年のグランドチャンピオンは最初から狙っていたわけではなかったです。WQSも回っていたのですが、JPSA残り2戦という時点で、ランキングが上の方になっていたので、その辺りから意識をし始め、ブラジルの試合をキャンセルしました。そしてその試合を優勝したのですが、最終戦が1コケだったんです。でも2位の選手が敗退したので、グランドチャンピオンが決定したという感じでした。今までやってきて良かったなと思いましたね。1999年は前年度チャンピオンというのを背負って臨み、それが重荷になったのか、1戦目、1回戦で負けてしまったんです。そこで0からスタートした方がいいと気持ちを入れ替えて臨んだら2戦目、優勝できました。そして最終戦の時点ではランキングは7位、この最終戦が千葉プロだったので、自分の中では、千葉にいるのだから千葉の試合に勝ちたい、歴代のチャンピオンが制している千葉プロのタイトルを獲りたいという気持ちが強くて、そこに集中しました。クォーターファイナルぐらいからチャンピオン争いに入ってくる選手と直接対決になりましたね。セミファイナルで、どっちかが勝てばチャンピオンという対決になって、それを勝って、最終戦優勝してグランドチャンピオンになることができました。1999年のグランドチャンピオンは自分にとって1番大きかったですね。2年連続でグランドチャンピオンになれたのもうれしかったけど、7位から1位になれたこと、前年に1コケだった場所で優勝できたこと、千葉プロの優勝者として自分の名前を残すことができたことがうれしかったです。2000年も初戦から“0からスタート”という気持ちで、自分のサーフィンをしようと思ってやりました。この年は優勝はほとんどなかったのですが、最終戦で1回勝てばグランドチャンピオンが決まるという状況になり、誰が来ようが行くしかないという感じで決めることができました。グランドチャンピオンになったということを誇りに思う反面、日本のチャンピオンにはなったけど、“井の中の蛙だ”という気持ちをずっと持っていました。なので自分はWQSを回って、世界で勝つにはどうしたらいいのかを考えながら、日本にはないものを自分の目で見て吸収して自分のサーフィンをスキルアップさせようと思ってやってきました。今はどうしたらサーフィンがより世の中に知られていくか、スポンサーをして下さっている方たちにどう恩返しをしていくかを考えながら、スポンサーのプロモーションやお客さんにサーフィンを楽しんでもらうことを仕事としてやっています。お客さんと一緒にサーフィンをすることで、自分のテンションも上がるし、学ぶことが多いです。これからのプロサーファーには、アスリート選手としての気持ちを高めてもらい、プロ意識をしっかり持ってもらいたいです。そうすれば自分の戦い方や活動もわかってくるだろうし、勝利にもつながってくると思います。結果は頑張っている人についてくると思います!